立つ鳥跡を濁さずにしてほしかった

普段から仕事ぶりがかなりテキトーで、正直、できれば一緒に働きたくないなと思っていた同僚が辞めることになった。

その知らせを聞いた時は、

「え、辞めるの!?🤣」

と、思わず笑ってしまった。

本人は上司に、

「ここにいる数年間で何の学びもなかった。」
「次はもう少し業務内容がちゃんとしている職場へ行く。」
「行き先は決まっている。」
「有休は全部使います。」

と話したらしい。

辞めること自体は自由だ。

転職するのも本人の権利。

もっと自分に合う職場へ行きたいと思うことも、何も悪くない。

ただ、その話を聞いて最初に思ったのは、

「え、それ間に合うの?」

ということだった。

有休が約30日残っていて、さらに月10日の公休がある。

退職予定は8月末。

そして退職を伝えたのが7月15日。

単純に考えても、有休を全部消化するなら、7月16日くらいから休みに入る勢いじゃないと計算が合わない。

もちろん、会社がどう判断するかは会社次第だし、退職日を延ばすのか、有休を一部残すのか、最終的には本人と会社の話し合いになる。

だから私は、有休を使うこと自体を否定したいわけではない。

そこは労働者の権利だと思っている。

でも、もし全部使いたいと思っていたなら、もっと早く退職の意思を伝えることはできなかったのかなと思う。

あるいは、7月15日に伝えるのであれば、9月15日付くらいで退職にして、有休を消化しながら引き継ぎやシフトへの影響を少なくする選択肢もあったんじゃないだろうか。

少し譲歩する。

その発想はなかったのかな、と。

介護施設は、人が一人抜けるだけでも現場への影響が大きい。

シフトを組み直したり、夜勤を調整したり、残された職員がフォローしたり。

結局、そのしわ寄せは一緒に働いてきた仲間にいく。

しかも、その人は在職中も、周りがフォローする場面が少なくなかった。

だからこそ、最後くらいは「お世話になりました」と気持ちよく終われたら良かったのに、と思ってしまう。

「立つ鳥跡を濁さず」という言葉がある。

私は、この言葉は仕事を辞める時にも当てはまると思っている。

仕事が完璧じゃなくても、最後まで誠実に働き、周りへの配慮を忘れずに辞めていく人は、「いい人だったね」と記憶に残る。

逆に、最後まで周囲を振り回してしまうと、「やっぱり最後まであの人らしかったね」で終わってしまう。

辞める自由はある。

有休を取る権利もある。

でも、権利をどう使うかと、周りへの配慮は別の話だ。

私は、自分がいつか職場を去る時には、「最後まで気持ちよく送り出せたね」と思ってもらえる辞め方をしたい。

立つ鳥跡を濁さず。

案外、一番その人らしさが表れるのは、仕事を始める時ではなく、仕事を終える時なのかもしれない。