「ここで定年まで働くのかもしれない」
少し前まで、本気でそう思っていた職場があった。
仕事内容に大きな不満があったわけではない。
人間関係も、まあ許容範囲。
大きく荒れているわけでもない。
“働くってこんなものだよな”
そう納得しながら日々を回していた。
でも、その感覚はある夜勤で崩れた。
気にしていなかった“例の人”
看護部長が少し変わっている、という話は前から聞いていた。
ただ、当時の私には直接関わりがなかった。
実害もない。だから正直、そこまで意識していなかった。
それが変わってきたのは、在籍年数が長くなってからだった。
日勤ではリーダー業務が増え、
介護スタッフから相談を受けることも増えていった。
現場の中で、少しずつ“判断する側”になっていた。
現場の限界とケース会議
夜勤中など、明らかに対応が難しいケースが出てくることがある。
「このレベルまで来ちゃうと、一回精神科で調整した方がいいのでは」
そんな話が出ることもあった。
偉い人がいない時間帯だからこそ、現場で判断して、
ケース会議にあげて話し合いの場を作る。
一応、会議は開かれる。
でも、何も変わらない。
終わったあとには、
「私じゃ何にも変えられなかった〜😭」という空気だけが残る。
“薬は使わない★”という方針
あとから聞いた話では、
看護学生の実習中にこんな質問があったらしい。
「こちらでは薬を使った抑制について、どのようにされていますか?」
その時、何かがスイッチになったのかどうかは分からないが、
そこから方針が一気に変わったという噂があった。
「うちは薬は使わない★」
現場では、そんな言い方で語られていた。
退職を決めた夜勤
そして、私の退職を決める夜勤がやってくる。
ある入居者に眠剤が処方されていた。
ただし頓用。
「食後2時間は空けた方が薬効が安定する」という意見もあり、
私は一度時間を置く判断をした。
その2時間、その入居者は眠っていた。
だったら使わなくていいか。
そう判断した。
ただその人は、
一度起きると介護スタッフがつきっきりになるレベルの方だった。
だから現場としては、
「できれば飲んでいてほしい」という切実な空気があった。
朝方に覚醒されると、夜勤は一気に崩れる。
人数も少ない。余裕もない。
夜勤の現実
少しの覚醒も見逃さないように、介護スタッフが動いていた。
そして様子を見に行った介護さんが言った。
「目、開けてます! 飲ませます!」
その流れで、起きているなら飲ませよう、となった。
私としても、その時点ではそれが不自然な判断だとは思っていなかった。
とはいえ、薬を飲めるくらい覚醒しているということは、
すぐに眠るわけでもない。
私の夕食休憩は、その入居者と一緒に詰め所に入り、
ガード扉を閉めて過ごす形になった。
それでも扉を開けようとしたり、
詰め所内をぐるぐる歩き回ったりしていた。
夜勤の休憩というより、見守りの時間だった。
そして突然、空気が変わった。
「あれ?」
静かになった。
気づくと、その人は車椅子に座ったまま眠っていた。
記録と“尋問”
その経過は記録に残した。
そして夜勤明け間際、私は呼び出された。
「なぜ薬を使ったのか」
そこから2時間、説明が続いた。夜勤明けで。
私は、状況と判断をそのまま説明した。
でも、話は噛み合わなかった。
さらに言われたのは、
「ガード扉を閉めたのは抑制だ」
という指摘だった。
しかし私は、休憩に逃げていたわけではない。
同じ空間に入り、見守りながら対応していた。
それでも評価は変わらなかった。
話は平行線のまま終わった。
最後の一言
その最後に言われた。
「私だったら、自分で見に行って、“薬いりません”って言うと思う」
その瞬間、ふと思った。
あ、無理かもしれない。
この人とは、働けない。
その場で出た言葉
気づいたら、その場で言っていた。
「もう辞めますわ」
夜勤明けだった。
眠かったし、正直どうでもよくなっていた。
翌日の決断
翌日、直属の上司に伝えた。
「賞与月末で退職します。年休は全部使います」
まだ退職まで3ヶ月近くあった。
だから、年休が使えないとは言わせないつもりだった。
規定の範囲で動く。
それだけだった。
あとがき
なんかもう、普通にムカついた。
それだけの話だったのかもしれない。
でもあの夜勤で、
「ここではもう無理だな」とはっきり分かった。
今すぐ転職するわけじゃなくても、
“他にも職場あるんだな”って見るだけで、ちょっと気持ちラクになる時あります。
