「妊娠しているんですが、それでも大丈夫ですか?」
面接で、最初に確認した。
すると職場は、
「大丈夫ですよ」
と言ってくれた。
当時の私は、
“ありがたい職場だな”
と思っていた。
私は看護職として、その障害デイケアで働いていた。
そこは障害者の生活支援系デイケアで、
重症心身障害の方もいれば、
脳梗塞後や指定難病などで身体に障害はあっても、認知面は比較的しっかりしている利用者さんもいた。
職員さん達は、本当に優しかった。
「無理しないでね」
「大丈夫?」
と、かなり気を遣ってもらっていたと思う。
実際、働きづらかったのは職員関係ではなかった。
しんどかったのは、
利用者さん達の視線や空気だった。
障害デイって、高齢者施設とは少し違う。
身体は不自由でも、頭はかなりしっかりしている人も多い。
だからこちらの動きも、雰囲気も、かなり見られている。
「あんたじゃ無理だから変わって」
そう言われたこともある。
でもその時も、
職員さんはすぐ自然に交代してくれた。
嫌な顔をされた記憶はない。
だから今でも、
「職員が嫌だった」とは思っていない。
ただ、利用者さん同士のひそひそ話が聞こえてくることはあった。
「なんであいつ入ってきたの、なんもできないのに」
「資格職は引く手あまたですからねぇ…」
今ならわかる。
利用者さん側にも、
「この人、本当に介助できるの?」
という不安があったんだと思う。
しかも私は3人目の妊娠中だった。
上の子たちの時と比べても、一番お腹が出るのが早かった。
後期になると、
もう何をしていても腹が邪魔だった。
腰も痛い。
介助というのは、かなり身体を近づける仕事だ。
でも近づきたくても、
お腹が先に当たりそうになる。
特に半身麻痺の男性利用者さんのトイレ介助は、
だんだん厳しくなっていった。
しかも利用者さんも、痩せている人ばかりじゃない。
支える側にも限界がある。
だから正直、
重症心身障害の利用者さんや、
知的・身体障害のある女性利用者さんのケアに入っている方が気が楽だった。
食事介助や歯磨き介助をしている時間の方が、
気持ちが落ち着いていた。
もちろん身体的に楽という意味ではない。
ただ、
「どう見られているんだろう」
と常に気を張り続ける疲れ方とは、種類が違っていた。
産休に入る直前まで働き、そのまま退職した。
後から一度だけ、
「体制かなり変わったし、戻ってこない?」
「もし仕事探してるなら」
と電話ももらった。
少し考えた。
職員さん達には、今でも感謝している。
でも結局、戻らなかった。
たぶん私は、
仕事内容そのものより、
“常に見られている感じ”に疲れていたのかもしれない。